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2013年1月

2013年1月23日 (水)

不思議体験ドイツ

話は10年前にさかのぼります。

当時ドイツ出張で現地に1週間ほど滞在することになりました。

週末仲の良い友人と連れだってObersalzburgにある戦争資料館を訪ねました。
それは私の以前からの希望で、機会があれば収容所跡とか、戦争資料館に行きたいと言っていたことから、
普通の観光客が訪れない施設の訪問を計画して同行してくれたのでした。

実はドイツ留学中も憑かれたように収容所の様子や虐殺の記録を読んでいた私です。どれだけ多くの犠牲があったか、どこでどんなふうに殺されていたか、残酷趣味があるわけではないのに、どうして自分はこんなことが知りたいのだろうとずっと不思議でした。

それは自分の中に、知らなければならない、何があったか克明に記憶しておかねばならないという気持ちがあって、それに揺り動かされていました。

資料館は小高い丘の上にあり、外観はとても気持ちのよい建物です。
この中にはヒットラ-ドイツ軍が戦時中どれだけ一般ドイツ人にも残虐行為を繰り返してきたかを克明に記録する文書、写真、地図、その他の資料が保管されていました。
実際読めば読むほど辛くなる内容でした。

ヒットラ-は雪の降る11月に、軍の大本営本部をこの地に移動するため、突然この地方の一般人の住居を占拠するため、先住者に立ち退き命令を出しました。その結果、たくさんのドイツ人が家や家財一切を失い、雪の降る野原で飢えと寒さで亡くなったのです。

防空壕の中には亡くなったたくさんの人たちの記録がありました。
長い見学のあとここに着いたときはもうすっかり疲れていました。
なんだか風邪をひいたように背中が重く、ホテルに着いたときはすぐに横になりました。 
夜中に不思議な夢をみました。
夢かどうかも定かではありません。私のベットの上を大喜びではねている2人の少女、金髪と黒髪の外国人の少女がいました。
翌日は日本に帰国するため、明け方荷物の整理と航空券を確認しようと思いました。

風邪気味で頭がぼ-っとして航空券がみつかりません。どこを探してもありません。
どこかに置き忘れているかもしれないと、友人に連絡して会社の中を探してもらいましたが、みつかりませんでした。
航空券の番号をメモしていなかったので、その日のフライトはとれず、翌日友人の力でなんとか日本に帰れることになりました。
その頃から首が重くなり、支えていないと前に倒れてしまいそうになっていました。

その首の痛さは日本に帰国してからも続きました。しかし朝目が覚めると身の回りの風景を珍しげに見ている何か得体のしれないものの存在を感じました。
しかしとにもかくにも首を支えていないと落ちてきてしまうので、
鍼灸、整体、マッサ-ジなどほとんど毎日のように通いました。
どこでも、どこにも異常がありません。どうして首が落ちてくるのかわかりません、痛みを感じる原因がわかりませんと言われました。

その頃になるといくら鈍い私でも原因がおぼろげながらわかってきました。
”霊に乗られたのではないか?”と思いました。
真意を確かめることもできず、困り果てた結果、もしそうなら、自分の口から帰ってもらうように言おうと思いました。
霊能者の方を知っているわけでもなく、こういう状況ではそれしかない。
なぜこう思ったか正直にわかりませんが、結局それしかできなかったということでした。

それでとにかくはっきりと言いました。帰ってほしい。あなたのおうちに帰りなさいと言いました。
(たぶん乗っているのは2人の少女だし・・・という安心もあったのでしょう)

2-3日して何が功を奏したか首の痛みが取れていることに気がつきました。あの変な感じももう全くありません。
別に怖いことを経験したわけでもありません。思い出してみれば変な体験ですが、いつの間にか忘れてしまいました。

それから数年経ちました。
あるとき、霊能力のある整体師の治療を受ける機会がありました。

治療の後”前世だと思うけど、ドイツ人軍人の襟の紋章が見えると言われました。それから女の子が2人いるけど、だれかしら?

ぎょっとしました。”えっ、まだついているんですか?”忘れていた悪夢が戻ってきました。 思わず過去の体験を話ました。

”いえ、今は何にもついていないわよ。”
”その2人の少女だけど、多分貴方が前世で何か関わった子たちよ。あの防空壕で死んだのかも。

懐かしくてあなたについたけど、とうとう最後まで自分たちのことを思い出してくれなかったのが残念だった、
でも貴方とともにいろんな旅行ができて楽しかったと言っている.

その後その軍人の青年が元パン屋であったことを聞きました。パンを作ることだけを楽しみに平和に暮らしていたのに、戦争に連れて行かれ、収容所でもパンを焼いて内緒でユダヤ人にも配っていたそうです。

誰もが好きで戦争へ駆り出されて行ったわけではない。彼はきっと苦い思いを抱いて国を憂い家族を思いながら死んでいったのだろう。

もう戦争はこりごりだと、その青年が言っているように感じました。二度と戦争のない時代を作ってほしいと今、バトンを渡された気がしました。

不思議なことにこの事件のあと、あんなにユダヤ人虐殺の記録に夢中だった私が、全くそのことに関心がなくなってしまいました。

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2013年1月18日 (金)

夢のお告げ

今まで何度夢でお告げをいただいてきたことだろう。

あれはもう何十年も前の話。

何年か家を離れて帰国したら、家族と賃借人との間で裁判が起こっていて、自宅に入れなくなっていた。 幸い直接の当事者ではないので、何とか交渉して、許可をもらい自分だけ2階に住むことになった。

と言っても、築30年も経つ古い家の2階。雨戸も一部は取れて、建て直しをしようとしたところの裁判沙汰だから、床は軋むし、隙間風は入り放題。

どの部屋にも不要な荷物が置いたままになっていて、何とか布団が敷ける北側の部屋はもう何年も人が住んでいなかった。

雑然とした押し入れの中を見回し、いろいろあったその日の疲れに負けて、片付けは明日にしようと、布団に横になったが、良く寝つけないまま、明け方やっと深い眠りに落ちた。

起きたのは翌日の昼ごろだったろうか、起きる直前の夢があまりにもリアルだったので驚いた。 自分の周囲を沢山の位牌が取り囲んできて、少しずつにじり寄って来るのだ。

何かあると直ぐに思った。

慌てて起きて、壁一面の押入れや天袋を開け、中のものを調べ始めたら、

出てくる、出てくる 白木の位牌が・・・・

これは正式な位牌を作る前に簡単に紙を張って戒名を書くためのもの。しかしなぜこんなに沢山あるのだろう。古いものは大正時代で誰のものかは判別もつかない。恐らく祖母がいつかは供養しようと思いながら出来なかったのではないかと推測した。

それから慌てて家族に連絡して、寺に位牌を持ち込んで法事をしてもらった。

法事をするにあたっては、家族の反対も多少はあったが、強硬な私の主張にあきれ果てて折れてくれた。

私にはこれが、あの一連の騒動の原因だろうと、おぼろげながら解った。

それから少しして、紆余曲折はあったものの、何とか和解が成立し、家を建て替えることが出来た。

そして私自身にも福音があった。新しい仕事を探していたが、法事から一週間した時新聞に大々的に募集の記事が出て、何と40倍以上の競争を潜りぬけて、そのポジションをいただくことになった。

その仕事は一年間だけであったが、今でも、あれは御先祖様からのお礼のプレゼントだったと信じている。

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2013年1月15日 (火)

前回の結果

前回は自分の中に溜まっていた怒りやもろもろの不要な思いを手放しました。

その結果はいったいどうなったか・・・まさか、気分だけすっきりして終わりなんて事では困ります。

ここ何年か心にひっかかっていた人、何かの行き違いで、怒った顔しか見せない人に会いに行ってみました。

偶然友人2名とも遭遇して、私のテンションも上がり、いつもは苦虫を噛み殺したような人が思いがけず機嫌がよく、キツネにつままれたような気分でした。

あの人が、こんなに優しい顔を見せたのは何年振りだろうと思いました。

それにしても最後までニコニコと笑顔を振りまいていました。

私が怒りの負のエネルギ-を手放した結果とは・・・むむむ・・・結論を出すのは早すぎる。

何かの偶然かもしれないし・・やはり再度会いに来て見たうえで、他のサンプルの結果も調べて見なければ・・・と私はやっぱり疑い深い・・・・(笑)

まずこの疑い深いところを手放せなければ・・・(笑)と思った次第です。

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2013年1月13日 (日)

手放すことの大切さ

身の回りにいる人を眺めて見ると、普段怒ってばかりの人がいる。

ああどうしてこの人は怒ってばかりいるのだろう?

最初は自分とは関係ない他人事として思っていた。

でも、良く考えてみると、外側にあるのは内側の自分の写し鏡。

同じ波動は引き合う、自分にないものは周りには表れない・・・

良く知られている波動の原則だ。

自分は知らないうちに、どこか気付かないところに、怒りを貯め込んでいるのじゃないか?

だから時々こんな人に出会うのだろう。

湯船の中で目をつぶる、第6チャクラに映る写真を探す、あれあれ、古い写真が、不要な思いが写真になってたくさん残っている。

古い写真が示すものは今までの人生や、転生の中で貯め込んできた思い。

こうあらねばならぬと言う思い、カルマ、頑固さ、我儘、意味のない信念等々・・・

こうした思いが知らずに自分自身を締め上げている

捨てよう、思い切って捨ててしまおう・・・湯船の中で握りしめていた両方のてのひらを広げると

自分のなかにあった何千もの写真が舞いあがって宇宙に飛んでいくのが見えた、きらきらといくつもの色を見せてブラックホ-ルのある空の中に吸い込まれて行く・・・

そうだ、忘れていた、家の中と同じように、自分自身の中にこうしたごみがたまらないように、時々掃除が必要なことを。

朝なんだかゴミが減って少し軽くなったことを感じて、”ありがとう”と言いたくなった。

生かしていただいてありがとう

守っていただいてありがとう

布団の中から心の中で思いを込めてつぶやいた。

白い部屋の壁に金色の鱗模様が現れた・・・

ああ、波動が上がっているのだ・・・

この金色の鱗模様はK先生の瞑想教室で現れる模様と同じだ。

そうだよ、それでいいんだよと世界が応えてくれたようだ。

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2013年1月10日 (木)

Die große himmellose Zeit mit Wendung zum Schlechteren

Wenn das Schicksal in den fünf Jahren vor dem Eintritt in die große himmellose Zeit sehr gut war, sinkt es nach dem Eintritt ab. Egal, was man versucht, es wird alles misslingen. Ausgehend vom Arbeitsschicksal werden alle Lebensbereiche erfasst. Doch nach 15 Jahren nach Eintritt in die große himmellose Zeit verbessert sich das Schicksal allmählich.

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Die große himmellose Zeit mit Wendung zum Besseren

Wenn man eine 20-jährige himmellose Zeit besitzt und sich das Schicksal verbessert, nennt man dies eine große himmellose Zeit mit Wendung zum Besseren. Bevor dieses positive Schicksal eintreten kann, muss eine Bedingung erfüllt sein. In den fünf Jahren vor der großen himmellosen Zeit wird das Schicksal entweder plötzlich schlecht. Oder bleibt auf niedrigem Stand stehen. Dann wird das Schicksal nach dem Eintritt bestimmt sehr steigen. In diesem Fall erfährt man unerwartet großen Erfolg. Das Ergebnis ist viel größer, als die eigenen Fähigkeiten normalerweise zulassen würden.
Aber nach 15 Jahren nach Eintritt soll man seine Lebensart ändern. Nach 15 Jahren schlägt das Schicksal um. Je größer der Anstieg vorher war, desto größer ist der Abfall nun. Man muss das schlechter werdende Schicksal ausgleichen. Besitzt man beispielsweise eine Firma, die 15 Jahre Erfolg hatte, sollte man seinen Posten an eine andere Person übergeben oder den eigenen Einflussbereich verkleinern. Tut man dies nicht, wirkt sich dies negativ auf einen selbst und die Umgebung aus. Es kann zu einem völligen Verlust des Vermögens oder sogar des Lebens kommen.

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2013年1月 9日 (水)

Die große himmellose Zeit

Die große himmellose Zeit dauert grundsätzlich etwa 20 Jahre. Je Element zehn Jahre. Das erste ist Holz und Landesfürst. Danach kommt Dirigent, usw.
Für einige Menschen kommt sie in jungen Jahren. Kommt sie im mittleren Alter, ist ihr Einfluss sehr groß. Kommt sie erst nach dem Arbeitsleben, ist ihr Einfluss sehr klein.
Frauen arbeiten häufig in der zweiten Reihe hinter (ihren) Männern oder im Haushalt. Die große himmellose Zeit wirkt sich bei diesen Frauen auf ihre Männer aus. Arbeitet eine Frau jedoch in der ersten Reihe, wirkt sich die große himmellose Zeit natürlich auf sie selbst aus.
Beispiel: Ein Mann ohne besonderes Schicksal erfährt plötzlich eine starke Steigerung seines Schicksals. In diesem Fall hat oft seine Frau eine große himmellose Zeit. Der Mann kann dank seiner Frau gut Karriere machen. Doch trennt er sich irgendwann von seiner Frau, fällt sein Schicksal schlagartig in den Abgrund. Ein solches Phänomen sieht man oft bei Prominenten.
Die große himmellose Zeit unterscheidet sich von den anderen himmellosen Zeiten (Jahr, Monat und Tag). Tritt man in eine große himmellose Zeit ein, wirkt sie sich nicht direkt auf das Leben aus. Es ist vielmehr eine emotionale Wirkung auf das Herz. Entweder verschlechtert sich das Schicksal ein wenig und bleibt auf diesem Niveau; oder verbessert sich weit über die eigenen Fähigkeiten hinaus.
Bei der jährlichen himmellosen Zeit gibt es eine strenge Regel, dass man während der himmellosen Zeit keine neuen Dinge anfangen soll. Aber während der großen himmellosen Zeit ist eine solche Regel unnötig.

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2013年1月 5日 (土)

新しい年 癸巳

明けましておめでとうございます。とは言っても算命学での今年の年明けは2月4日から、まだ壬辰の年が続いています。

壬辰の年は陽の星のぶつかり合いでした。壬は海や海外を表す干支です。

辰は土性で、季節と季節の中間に立つのが仕事です。土が上にある水を剋す下剋上の様子です。また人々の目が海を隔てて境界線に向けられた年でもありました。

今年は癸巳の年、陰と陰のぶつかり合いです。 水が火を剋します。巳は火性ですが剋されることで精神的な豊かさ(芸術文化)や斬新なアイデアを運んできそうです。癸は壬と同じく水ですが、こちらは雨や川を意味します。学ぶという行為も含まれます。今年は国内の問題が中心になる年。台風や河川の氾濫に注意。

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