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2013年3月

2013年3月30日 (土)

ミイラ

小さい時リカちゃん人形で遊ぶのが好きだった。人形が古くなって、手も足もすっかり汚れてしまったが、新しい物は買ってもらえなかった。

そんなある日テレビで、エジプトミイラが復活する映画をやっていた。そしてよしこれだと思ったらしい。

家にあった赤い粘着テ-プをリカちゃんの手や足に丁寧に巻いて、綺麗に復活するのを祈った。

子供的に1週間待って、期待を込めて粘着テ-プをはずしてみたが、残念ながら全身にテ-プの跡が残ってしまってかえって汚れてしまった

あの時どうしてあんなことをしたのだろうとずっと思っていたら・・・

遥か昔、エジプトで神官として、皇族の遺体をミイラにする仕事をしていたのだという。きっと当時は本当にミイラが復活するって信じていたのだろう。

それにしても、なんで赤色のテ-プなんだろうと、ずっと疑問に思っていた。

テレビで上映されていた映画ではミイラは皆白っぽい包帯を巻いている。家にだって似たような包帯や絆創膏はあったはずなのになぜわざわざ赤色なのだ?

そうしたら、本当にエジプトでは赤色の包帯を巻いたミイラと黒色の包帯を巻いたミイラの2つが存在するらしい。

ふ-ん、そうなのかと又感心した私でした。

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2013年3月28日 (木)

約束

あなたは覚えているだろうか?

この世に出てくる前に

自分はこれをやりたいというリストを書いたことを。

そのリストの中には優先順序があって、

どうしてもという最上段のものや

できたらというもの、

気分が向いたら等々、

下になるほどあやふやになる。

私が覚えているのは

屋根のある家に住むこと、

毎日洗濯できること

本が沢山あること

子供が大人になるまで育てられること等々

だけど、これらはリストの下の方のものばかり

残念ながら出来ても、出来なくても大勢に影響ない

大事なのはリストの一番上、

やっと少し前にこのリストの上の方の約束を思い出した

これを果たさずに死んでいくわけにはいかない約束だが

なんだか、ひどくハ-ドルが高くて

それでまた怖気づいてしまった

そしたら偶然出掛けたチャネリングの会で

突然あの言葉を浴びた

また前世の失敗を繰り返す気か

今世では何としても動け

半歩でもいいから、とにかく進めと

後のことは考えるな、

進めば世界が変わる

お前もライトワ-カ-の一人だろう?

忘れたのか?

そう言われた

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2013年3月24日 (日)

天問

今から100年前の中国で、殷の時代の都(3500年前)があったところから、続々と文字が彫られた骨が見つかりました。 これで3500年も前に既に文字の文化があったことが確認されたのです。また何が書かれていたかを忠実に読み取った結果、当時の人々が、その骨をつかって占いをしていたことを突き止めました。

占いの仕方は、1)まず亀の甲羅や獣の骨に尖った刃物で占いたい文章を彫り、例えば雨が降るか、収穫が多いか、戦争に勝てるか等の問いです。2)骨の裏側にもぐさのようなものを詰め、火をつけ、3)熱でひびがはいる具合で、その答えを占ったそうです。

この占いの言葉を朴辞といい、この文章を集めたものが易経につながり、そして中国最古の詩集、詩経が生まれたそうです。

やがてこの北方地方の詩経の文化に刺激を受けて中国各地に詩の文化が広がりました。南方地方で生まれたのが楚辞といわれる、楚の国の歌です。人々は終わらぬ戦争に嘆き、不公平な政治や悪天候に嘆きました。

その中に楚辞の天才と呼ばれた屈原が生まれました。屈原の天問という長い詩の最初の一節を紹介します。

天問    

いわく、そのはじめ太古のことは 言い伝え誰がしたのか?

天と地がわかれないとき、そのことがどうしてわかる?

昼と夜さだまらぬとき、そのけじめ誰がつけたか?

もやもやと形もなくて、その見分けどうしてわかる?

やみはやみ、あかりはあかり その区別誰の仕業か?

陰陽が万物を生む、その変化なににもとづく?

天まるく九重というその形誰がはかった?

そもそもは誰のしわざで、そのはじめ作ったものか?

天の網どこにつながり、極と極どこにさだめた?

地の柱どこを支えて、東南はなぜ欠けている?

九重の(いくつも重なった)天の境はどこまでで、その先はなに?

天の隅いくつもあって、その数はだれがしらべた?

天と天どこで重なり、十二辰どこで分かれる?

十二辰(天球を天の赤道帯に沿って東から西へ12等分子から亥までしたもの)

日と月はどこにつながり、むら星はどうして並ぶ?

日は朝に谷から登り 夕暮れに地の果てに入る 

日の出から日の沈むまで通る道何里あるのか?

月はなぜ欠けて満ちることができるのか?

何のために腹に兎をいつまでもいれているのか?

女岐(中国の鬼子母神)は夫と一緒になることもなかったのに、どうして9人の子を持ったのだろう?

伯強(疫病神)はどこにいるのであろう?春の恵み深い和気はどこにあるのだろうか?

どこが閉じれば日が暮れ、どこを開ければ夜が明けるのだろうか?

東方の角宿の星(おとめ座)が出て夜明けにならぬまで、太陽はどこにかくれているのだろうか?

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2013年3月17日 (日)

動かないと意味がない

未来の可能性は無限にある。

チャネラ-や占い師に未来を予測してもらっても、何もアクションを取らないと何も起こらない。

例えば、今年結婚には最適な星周りだと言われても、

家の中にずっと籠っていたのでは、出会いのチャンスもない、

とにかく人間は行動しないと道が開かないという事になっているらしい。

それでも不安だから、誰かにアドバイスを求めるのは仕方がないと思う

でもとりあえず、そのアドバイスで納得したのなら、とにかく信じて動いてほしい。

一歩進めば、周りの景色が変わる、前に見えなかったものが見えてくるはず、そうしていくうちに何とか自分の力で、未来を切り開いていくのだと思う。

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2013年3月10日 (日)

巨石

何人ものチャネラ-に言われた、

私は何でも、宇宙に浮かぶ大きな巨石なのだそうな、

生き物とも思えない、岩山がなんで地球人になったのかは不明ですが、

何世代も何世代も本来の目的を果たさず、もうほとんど苔むして来てしまっているとのこと

実際巨石だから動かすのは大変な努力がいる、

何しろ動くということがどういうことか解らないのだ、

では日常生活で働いていることは動くことにならないのか?

残念ながら本来の人生の目的以外の行動は動いたことにはならないのだそうな、

だってそうでしょう、ご飯を食べて寝るだけで何か意味がある?と言われてしまった。

動くとは何だろう? 想像してみるに、それは自分を変えるための切っ掛け?

いくら頭の中でこうでもない、ああでもないと思っても、

何もしなかったら、何の意味も持たないと言う事?

間違っても、何でもいいから、とにかく何かやって見せて?

リミットスイッチはいつ切れるか解らない、

だから半歩でもいいから右足を出して、

それから半歩でもいいから左足を出して、

そうしているうちに転がっていけるかもしれない。

いつか貴方が宇宙を旅行していて、どこかの星の間に浮かぶ私に出会うかもしれない。

そうしたら、お願い、声をかけて!

もう一歩、もう一歩前に進んでみてと

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2013年3月 8日 (金)

算命学の歴史

算命学の発祥は古代中国であり、後の「殷」商朝時代に、学問として完成したと言われています。

算命学の根幹にあるのは陰陽五行で、それ以降に生まれた道教や儒教そして仏教に大きな影響を与えました。

また秘蔵の帝王学として、主に政治的な軍略に用いられ数千年もの間、一子相伝、門外不出として、王から王へ継承されてきました。

どうして算命学が中国で生まれたのでしょうか?どうして算命学がこの長い年月を生き残ってきたのでしょうか?

まず算命学に使われる干支暦は天体の動きを基にして作られました。

それは中国人が、およそ4000年以上も前から天体の動きを観測してきた結果だと言われています。

そして次にこうした文化が記録マニアと呼ばれるほどの国民性によって後世に持たらせられました。

中国の歴史を貫くものは興亡の歴史です。もし記録が無かったならば、王朝の記録も伝統も他のアジアの国にみられるように風化していたことでしょう。

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2013年3月 1日 (金)

桃の節句にみる陰陽の法則

Photo_3 絞り教室の宿題のお雛様を期日までに滑り込みで完成させました。

そこでふと気が付きました。

他の方の作品では女雛と男雛の位置が逆転して男雛は左、女雛は右にありました。あれれ?陰陽の法則が逆転している!

昔から狛犬だってオスは右、メスは左と決まっています。

Photo_7

口が空いている方がオス、あうんのあです。

どうしてこんなことになったのでしょう。

一説によれば昭和天皇がヨ-ロッパに外遊された折、皇室の方々は女性が右側、男性が左側に立たれていることから、感銘を受け、新しい時代は古いしきたりを変えてヨ-ロッパのようにしようとご自身から実践されて右側に皇后さま、ご自身は左側に立たれるようになった事が始めとされています。

東京の人形店ではそれから左に男雛、右に女雛を飾るようになったというが関西ではいまだに古いしきたりどおり、右側に男雛、左側に女雛を飾るところも多いらしいとのこと。

さて皆さんのご自宅ではいかがでしょうか?

私は古いしきたりどおり男雛を右側に飾ります。Photo_8

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